その日はきました。家族からの愛…
実家が売れました
- 2021.08.01
- ふと考える
高校まで住んでいた喜多方市の実家が売れたのでその顛末噺を記録します。
現在、両親は25年ほど前に喜多方市の家を借家にして会津若松に引っ越し暮らしていますが、90歳を超えたので処分をしてくれと頼まれました。
登記簿によると昭和32年、結婚して3年目ぐらい父が27歳のときに平屋を建て私たち兄弟が中学生頃に2階を増築した木造の家です。
父が結婚し間借りしていた家は、役所から徒歩3分ぐらいで川沿いの家でした。
そこからほど近いところに「小堀牛乳」という昔は乳牛を飼って牛乳を売っていた家があり、そこで持っている土地を、地主がお金がなくなる度に切り売りのように安く売っていたので、役所の友人達と購入して住むようになったそうです。
今のように「区画整理」「街づくり」なんて言葉が無かった時代ですから今となっては、車が入らない路地の奥にある家となってしまい、住人も高齢になって引っ越したり、住む人が無かったりでサビれたエリアになってしまいました。
両親も私たちが外へ出てしまったため、車が入らないそこを離れて会津若松に新しく二件目の家を建てたのでした。
喜多方の家を今借りている方は、50-60ぐらいの夫婦でどんな人なのか両親も知りません。近所の方の声掛けで借りるようになったようで、契約書や更新も無く家賃は年間数万円(固定資産税分)で住んでもらってるだけでいいと考えたようです。
やっとその家を処分しようと考えたらしく私が処分を依頼されました。
まず、親戚の建築業を営むおばさんに声掛けしてみたところ、現地を見て車は入らない、建物は60年以上だし売れねべ。とのこと。
素人が見てもそう思うので納得でした。
弟と話し合って、今住んでる人に買ってもらおう(あるいは無償で譲渡)ということになり、名義の変更のことなどを調べていたところ突然父に借主から電話があって「家を買いたい」とのこと!
連絡を受けて借主に電話をして確認したところ、前々から買いたいと思っていたがきっかけが無く今になってしまったとのことで、買う意志があることがわかったので、市内の不動産屋を紹介してもらい話を進めてもらうことにしました。
それが6月の初旬でした。
父が自転車で・・・
いよいよ売却が進むと思った矢先、父が自転車で車に接触し骨折入院してしまいました。え!
高齢なので何があるかわからない。早く進めようとは思っていましたが不安が当たってしまいました。1ヶ月以上は入院・リハビリが必要なようです。入院してしまうと頭がぼんやりしてしまう例が普通にあるようなので、どうしたらいいのか途方にくれてしまいました。
じたばたしても仕方がないのので、父の入院やら母のサポートやらでしばらく経った頃に病院の父から電話があり地元の新聞の「お悔やみ欄」を見ていたら、実家の借主の奥さんが亡くなったので花を送って欲しいとの話でした。
ビックリして少し奮発したお花を贈りました。
ああ、これで実家購入の話もなくなってしまうのだろうなと弟と悲観的な想いでいました。葬儀の翌日たまたま弟が実家にいるときに、借主さんからお礼の電話があって「購入意思は変わらないのでよろしくお願いします。」とのことで、二人ともホッとしました。
両親が元気なので、私たちもぼんやりと「安心」していましたがもう少しいろいろなことを話し合っておくべきだったと反省しています。
親と言っても個人的な情報もありますが、どちらかが一人になったときに支払いや解約などがスムーズにできるように準備しておくことは重要なことだと思います。
2021年8月現在、父はまだ入院中。元気は元気ですが、どこまで歩けるようになるのか退院後に今まで通り動けるようになるのか、心配なことが頭を巡ります。
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