二次感染で再び、いや三度手術となった噺

二次感染で再び、いや三度手術となった噺

2019年の10月から抗生剤で何とかリセットできないものかという医療方針に私も先生も飽き飽きしていた。
年が開け気持ちも新たになったところで「切る」ことにふたりとも同意した。
そして2020年1月29日。約8ヶ月ぶりに同じフロアーに入院したのだ。

MRIで事前に敵の位置や数を観察し、どうやっつけるか戦略を考えた先生からその方法を聞いた。

まず、おできになって表面化している部分を切除し、敵を二分する。さらに、脛骨に空いたスクリューの反対側の穴付近にいる残りを、アクセスしやすいところを切開してそこから残党を切除してメインの敵を一掃する。
さらに、残党がいるはずなので一人も逃さにように抗生剤点滴と飲み薬の抗生剤をある期間集中的に投下して殲滅させる。

という作戦。
さて心を決めてまだ記憶に新しい病棟へ。

ナースステーションは病室の中心にあり、そこからすべての部屋へ見が届くようになっている。ナースコールを押せば、数秒で駆けつけられるのだ。
前を通ると見覚えのある看護師さんが数名いて、すでに私が来る情報があったらしく声をかけてくれる人もいた。
理学療法士のKくんはリハビリで最初にお世話になった秋田出身のおとこである。その彼が突然病室にあいさつにやってきたのには驚いた。状況を説明しお互いが元気なのを確認してホッとした気持ちになった。

病院の調理師さんには感謝してるが、なにもかもクタクタになった煮物やサラダは私にはおいしくない。添えられたみかんやバナナで口直しができなかったらもっと病院が嫌いになっていたと思う。
そんな食事をして1日目の夜は終わった。

手術になれてきました

今回の手術は、じくじくのおできを取るだけではなく表面化していない菌もとるので傷は二ヶ所できる。時間は準備と後処理で1時間、処置に1時間の合計2時間。午前9時に手術室に車椅子で向かった。
3階の手術室前までくると、ブルーのライン手前で手術担当が迎えにくるまでお行儀よく待つことになる。そこから見えるのは、ピカピカに光るステンレスの扉が並んでいる未来の地下街のようだ。扉には大きくヘルベチカで数字が書かれてある。サンダーバードの基地のようでもある。
私は「6」と書かれた基地へ誘導された。

今回は2度目の体験なのでどのような手順で進むのかがわかっている。まずは、麻酔なのだ。半身だけに効くように脊髄のある場所に麻酔を注入すると5分ぐらいでしびれてくる。しかも今回は、幹部のある右足に強く効いているようだ。
何でこんなことができるのだろう。
前回には無かった軽い頭痛がして嘔吐したい気分になったが、我慢していると収まってきて手術が開始された。

切開がメインの手術ではあるのですが、菌が骨につている可能性がある部分については、骨を少し削る作業がある。麻酔されているとは言え金槌でガンガン叩かれている振動が伝わってくる。
縫合は時間がかかった。2ヶ所の傷が10cmぐらいあるので、「縫いますね」と言われてからかなり時間がかかったような気がする。
予定通りの時間で予定通りの手術が終わり病室へもどったのが午前11時頃だった。


不安があるトイレ

さてここから心配事が1つある。「トイレ問題」
麻酔が覚めるまではトイレに行けないので、事前に「おむつ」を用意してもらったが、感覚的に大丈夫そうなので使わずに麻酔が覚めるのを待った。
午後3時頃に麻酔が切れたので、トイレをリクエストし車椅子で点滴を引きずりながらつれて行ってもらった。毎回車椅子は大事だし、かといって歩けるのか自分でわからない。そこへ先生が様子を見に来て「歩けます」と断言。
恐る恐る両足で立ってみる。点滴スタンドの支えがあれば何とかなりそうだったのでベット周りで練習してから、行ってみた。
トイレまではナースステーション経由で20mぐらいあり、ゆっくりとゆっくりとナマケモノのように歩いた。

絨毯爆撃の抗生剤

病室に戻ってからは点滴の開始。
基本的に「ソルアセトF」はゆっくりと1日以上かけて輸液し。平行して抗生剤を8時間間隔で投与。さらに飲み薬の「レポフロキサシン」や「バクタ」、「セレコック」も投入しながら、絨毯爆撃のように小さくなったであろう菌をじわじわとやっつけるのです。
これを退院の朝まで続け、4泊5日の入院が終了しました。